2017-07

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カポーティ

30535759.jpg

カポーティ
('A`)制作年1999年。
('A`)著者:ジェラルド・クラーク。訳者:中野圭二



 トルーマン・カポーティ氏については、今までも何度かブログで作品の感想等を書かせていただきました。2人の殺人者を題材としたノンフィクションノベル『冷血』オードリー・ヘプバーン主演の映画となった『ティファニーで朝食を』この2作は映画と原作両方見させていただきました。それ以外にも、冷血制作時のカポーティ氏を題材とした映画『カポーティ』、この映画のキャッチコピー「誰よりも君の死を恐れ、誰よりも君の死を望む」は最高のキャッチコピーだと思います。

 そしてもう1冊、本作と同じくトルーマン・カポーティ氏の生涯を描いた伝記であり、オーラル・バイオグラフィ形式で書かれた伝記の中で、恐らくは最高傑作と言っても差支えはないであろう作品、『トルーマン・カポーティ』を読ませていただきました。

 以前に読ませていただいた『トルーマン・カポーティ』でも、本作『カポーティ』と同じくカポーティ氏の生涯、少年時代の南部での思い出から、NYやマンハッタンそして世界で小説家として認められ、そして後に『叶えられた祈り』の中の1節『ラ・コート・バスク』が引き金となり、社交界から見放され、薬物中毒とアルコール中毒と人間関係に苦しみながら死んでいった最後までを描いていたのですが、私の記憶やブログの記事を読む限り、『カポーティ』と『トルーマン・カポーティ』はだいぶ違う内容のように感じます

 『トルーマン~』では、南部での生活もカポーティ氏はそれなりに楽しんでもいて、父親のアーチの事もそこまで憎んでいたわけではなかったように感じたのですが『カポーティ』では、両親が健在なのにもかかわらず、偏屈な親戚に預けられた南部での生活のことをひどく嫌な思い出としており、父親のアーチのは有言不実行の権化のような男と思い、カポーティは全く尊敬していなかったように感じられます。

 この手の違いは、物語の全編にわたってちらほらと顔を出しますが、どちらが正しいのかは正確には分からない事でしょう。有名になってからのことならまだしも、子供時代のことなど覚えている人は少ないでしょうから、その少ない人が間違ったことを言えばそれまでなんですから。ただ、個人的には本作『カポーティ』のほうが正しい情報が多いのではないかと思います。

 『トルーマン~』では、オーラルバイオグラフィという、インタビューをそのまま文字として載せるような珍しい伝記形態を行っており、同じ場面でも人によって意見が違うことなどが多く(それが魅力でもある)、読み物としては面白いけれど、確かな情報のある資料としては『カポーティ』のほうが信頼ができる気がするのです。

 それ以前に、そもそも私が『トルーマン~』の内容を勘違いして覚えている可能性もかなり高いですけど・・・

 カポーティ氏を正しく知るという意味では、人にお勧めするべきなのは当然本作『カポーティ』なのですが、本作はカポーティ氏についての知識のみではなく、その交友関係にいたるまでの知識をおおまかにでも持っている方でないと、なかなか難しいと思います。というか難しかったです。

 カポーティ氏が愛してやまず、白鳥たちと言っていた上流階級の美人達や、カポーティと同じ年代を生きた著名人たちに関する知識がある方が読めば、私の倍以上この作品を楽しめるのでしょうが、知識がないと、さも皆知ってるよね?といった感じの現れ方をする人たちが多くわけが分かりませんし、急に呼び方があだ名に変わっていたりすると更にわけがわからなくなります。

 ですので、私としては最初はぜひ『トルーマン~』の方を読んでいただきたいです。資料としては一歩後れをとるとしても、単純に読み物として抜群に面白いですし、読み終わった後もこちらのほうが良い気分で読み終わることが出来ます。どちらも面白いことには変わりないのですが、とりあえずのおススメとしてはこちらということで。

 まぁ、私はこんな伝記読む前に、カポーティ氏の短編をひとつでも読めよって話なんですけどね。




スポンサーサイト

マリー・ベルの手紙

 長くなったのでわけましたけど、最後にマリー・ベルが施設の中から母親に対し送った詩のような手紙をのせます。母親に対する面会謝絶を請求した後のもので4、当時テレビや新聞などでも大きく取り上げられたそうです。

母さん

母さんが家出をする前から、
心の中では私は毎日、毎日、母さんが好きになっていたのです。

母さんが私に会いに来てくれた時、母さんが帰ったあとで私は泣きました。
私は母さんの目をのぞきこみました。それは青くてとても悲しそうでした。

母さんはとても元気なふりをしていました。
でも母さんが私のことをとても悪い子だと思っていることを知っています。
母さんが私と同じ気持ちで、あの事をバカげた遊びだと思っているかどうかわからないけど

犯罪人として有名な子供

どうか母さん、わたしのちっちゃな心を安らかにして裁判官や陪審員にひざまずいてください。
そうすれば、あなたの嘆願の叫びを聞いてくれるでしょう。

罪があるのは母さんで私じゃない。

こんなこと言うのはつらいけど、私は母さんと一緒に泣くでしょう。
でも、母さんは私と違う門から出ていって自由になる。
それなのに、私は監獄に閉じ込められている。

母さん、家族というのは私たちのことなのよ。
こんなことをいうのは父さんと弟のBとわたしのためなの。

裁判官や陪審員に罪があるのは母さんだと言って、
どうかそういって、そうすれば、私は自由になれるの

娘のマリー

マリー・ベル事件 11歳の殺人犯

411ldCvL-QL.jpg

マリー・ベル殺人事件 11歳の殺人犯
('A`)発行年1978年。
('A`)著者:ジッタ・セレニィ。訳者:林弘子



殺人博物館メアリー・ベル
↑事件の概要と、マリー・ベルについてはこちらのサイトをどうぞ↑

 11歳の殺人事件。不謹慎ですが、私としてはそれだけでなかなか好奇心がそそられる事件だと思うのですが、当時のイギリス大手新聞社などは、11歳の少女の殺人事件なんておぞましすぎてあまり大きくは扱わなかったみたいですね。それには、11歳殺人事件という異常性のほかにも「マリー・ベル」という少女の異常性も原因にはあったでしょうけど。

bell_1.jpg

 上の画像の少女が3歳と4歳の男の子を殺したマリー・ベルの写真です。しかし、この写真を見せて「この子が年下の男の2人を殺したんだよ」なんて言っても、誰も信じないでしょうね。ひいき目なしに可愛い女の子ですし、この写真だけではそんなに異常性のある子供には到底見えないですから。

 この事件そのものについてや、マリー・ベルと彼女の親友であったノーマ・ベル(偶然同じベルという性)、2人の少女のそれぞれ異なる異常性について、マリー・ベルを生み出した母親の異常性についてなど色々語りたいところは多いのですが、今回はあくまで本の感想というところに重点を置きたいと思います。

 本作はノンフィクションの本であり、伝記というよりはドキュメンタリーよりの本となっております。ノンフィクションというだけで私の好みではあるのですが、正直この著者の書き方はあまり好きではなかったです。マリー・ベルについては全く問題なかったです、責めるところは責め異常性をはっきりと書くけれど、その原因についてもはっきりと記し問題点を提示しているのは素晴らしいと思います。

 ただ、この手の本にはよくあることですが、警察官らをはじめとするこの事件の関係者を紹介する時に、必要以上にその人物がいかに素晴らしい人間であるかということを紹介する書き方が、個人的に気に食わないのです。特に近隣住民や親族の、私たちには何も問題はないし原因のひとつにすらなっていないけれど、少女たちの身勝手な暴走に巻き込まれただけの完全なる被害者だとでも言わんばかりの紹介の仕方が、本当に個人的に気に食わないのです。

 この事件は加害者がまだたった11歳の少女です。そんな年の女の子がこのような事件を意図的に起こしてしまう時点で、親族や生活環境になんらかの問題があったのは明らかです。実際に、マリーベルは小さい時から実の母親に何度も殺されそうになっており、一度は捨てられたことさえあったのです。

 マリーベルの母親の異常性について知っていたにも関わらず、それを改善させることなく嫁に出し、マリーベルが殺されそうになったことや、捨てられたことも知っていたにもかかわらず、あくまで母親に育てさせたマリーベルの祖母や、その他親族達のいったいどこが素晴らしい人間だというのか

 とはいえ、この本はあまりに昔に書かれた本ですのでその当時の常識からしたら、この書き方が一番正しい書き方であった可能性もありますので、これはあくまで私の好みとは違うという程度の話なのですけど・・・

 あとは、裁判の時に一々動作の一つ一つまで書かなくても良いと思います。マリー・ベルについてならともかく、裁判長が検事の言ったことを言いなおしたりしたことなんて、すごくどうでもいいです。

 マリーベルは1980年?に出所して自分でも自伝本をだしているらしいので、機会があればそちらのほうも読んでみたいですね。レビューなどを見る限りでは、そちらのほうがマリーの異常性は分かりやすいみたいですし。


死刑囚ピーウィーの告白

514+yW5dF7L.jpg

死刑囚ピーウィーの告白
('A`)発行日1997年。
('A`)著者:D・ギャスキンズ。W・アール。訳者:滝井田周人



 ピーウィーについての簡単な紹介がされているサイト↓
 
 殺人博物館~D・ギャスキンズ



 今回は私が愛用しているウィキペディアさんに項目が見つからなかったので、猟奇殺人者の多くについて簡単にまとめてあるサイト『殺人博物館』さんを、紹介させていただきました。ですが、このピーウィーの項目には私が読んだ本の内容とはいくつか違うところもあったので、まずはそこだけ書いておきます。

 1.入れ替わり立ち替わり現れる義理の父親とありますが、これは半分のみ正しいくらいで一応11歳ころに来ていた義理の父親が最後まで出て行かずにいたそうです。

 2.自動車修理工場ではなく、ガソリンスタンドで修理も請け負っていた。

 3.掻き切ったのは看守の首ではなく、囚人内で威張っていた奴の首

 とはいえ、このサイトに書かれている方が間違いで私が読んだ本の内容が正しいとは限りません。この本『死刑囚ピーウィーの告白』は、本の内容にウソがなければ全てピーウィーの口から語られた内容のみを字に起こして文章としたものらしいので、ピーウィーの自身がウソをついている場合も勘違いしている場合も大いに考えられるのですから。

 ノンフィクションと語っておきながらウソが書かれているなんて、普通だったら考えられないものですが、私としてはこの本は今まで読んだノンフィクションものの本の中でも、かなり上位に入る名作だと思います。

 この手の悪人を題材にしたものでは、だいたいが事件の残虐性や犯人の異常性とその人格を形作った子供時代などをメインに語る一方で、その事件に立ち向かった警察官や検事の勇敢・高貴な様や被害者家族がいかに幸せな毎日を送っていたかを書く事が多く、私はどうにもそれが嫌いでした。

 犯人のことを悪く書くのは良いですけど、だからといって警察やら刑務官やらまたは犯人の被害に少なからずあった方々を、まったく落ち度のない素晴らしい方々と書くのは別の話じゃないですか。ましてや、著者自身が自分のことを良い風に書くようなものは、どれだけ内容が良くても認められません。

 その点、この本では全てがピーウィーの口から語られているので、その他多くの殺人犯を題材とした本とちがい、犯人がいかに自分が周りに酷い目にあわされてきたか、いかに警察や検事に悪い奴が多いか、それに対して自分はなんと強くて大きくて凄い奴かということばかり書かれており、最高の内容でした。

 もちろん、全てが本当だとは私も思っておりません。163cm程度の冴えないおっさんが、酒場に行けば女に困らなかったとか、未成年と何回も結婚して捨ててやったとかウソ臭いですし、80人近くを殺したというのも、いくらなんでも言いすぎだと思います。

 それ以外にも、ちょっとこれは・・・という箇所はいくつかありましたが、重要なのはウソでもホントでもそれが本人の口から語られた内容(のはず)だということです。ピーウィーのような異常者がなにを考えてこんな事件をおこしたのか、ピーウィーはどういう男だったのか、それが知りたくてこの手の本を読む私としては、どうでもいい警察官の勇敢さばかり語られる本よりもよっぽど素晴らしい内容でした。

 死の腕よりかはまだ信憑性のある本ですし、これはおススメです。




老人と海

210004.jpg

老人と海
ワイハー行きたい('A`)





※以下ネタばれ注意※






あらすじ
キューバの年老いた漁師のサンチャゴは、助手の少年と小さな帆かけ舟でメキシコ湾の沖に出て、一本釣りで大型魚を獲って暮らしを立てている。あるとき数ヶ月にわたる不漁が続き、少年は両親から別の船に乗ることを命じられる。一人で沖に出たサンチャゴの針に、巨大なカジキが食いついた。3日にわたる孤独な死闘ののち、サンチャゴはカジキを仕留めるが、獲物が大きすぎて舟に引き上げることができず、舟の横に獲物を縛りつけて港へ戻ることにした。しかし魚の血の臭いにつられたアオザメの群れに追跡され、必死の闘いにかかわらず、カジキはサメに喰いつくされていく。ようやく港にたどりついたとき、カジキの体は巨大な骸骨になっていた。少年がサンチャゴの小屋にやってきたとき、老人は古新聞を敷いたベッドで眠りながら、船員だった若い頃にアフリカで見たライオンの夢を見ていた。(ウィキペディアより引用)


かの有名な『老人と海』、もっと分厚い本かと思っていたのですが、本屋で見かけたら思ったよりも薄く文字も大きかったので、軽い気持ちで購入し読ませていただきました。

この本の内容について色々感想を述べたいのですが、内容自体はあらすじで書いてあるのが全てでこれ以上言うことは特にないんですよね。前半部分の少年と老人が一緒に海に出たいのは過去の話だし、3分の2くらいが老人が1人で船の上で魚と格闘しているシーンなので、ほとんど全部のシーンが老人1人の作品でした。

かといって、その船の上でどれだけのドラマや展開があったのかというと、別段なにかあったというわけでもありあません。その代わり魚との戦いの描写や老人の心情をこと細かく描写しており、魚や海・自然に対する老人の思いなどはよくわかりました。

けれど残念なことにこの本ではその老人の海に対する思いなどが分かった段階で終わりなのです。その老人がどうするのか、今後どういう人生を送るのかというところが私は気になるのにそこで終わってしまうのです。これは普段から伝記本などを好んで読み人の一生に興味のある私としては物足りなさを感じてしまいました。

またこの作品では上記している通り場面の展開というものが非常に少ないのです。そのためはっきり言わせてもらうなら非常に退屈ともいえる部分が多く、老人が魚を捕らえてからはまだ良かったのですが、カジキとの対決は長すぎるのではないかと個人的には思いました。

少し話が脱線ししますが、ももクロなんかの作曲などを手掛けているヒャダイン氏が言うには、今の若者は同じテンポの曲を一曲聞き続けることも難しいので、そのためももクロなんかの曲はテンポが変わる曲調が多く使われているそうです。私も自分では我慢強いというか一つの作品を見たり聞いたりくらいすることは出来ると思っていたのですが、『老人と海』を読んだ後ではそんなに我慢強くないほうだと思い知らされた気分です。

本の終わりに書いてある訳者の方の思いを読むと、この本を更に楽しむにはある程度の当時のアメリカについてアメリカの文学についての予備知識や、ヘミングウェイ氏についての知識が必要なのだということは分かりましたが、純粋に有名な本だし少し読んでみようかと思った程度の私としてはそこまでする気はちょっとでなかったです。

ヘミングウェイ氏はちょっと肌に合わなかったのかもしれません




NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

烏天狗

Author:烏天狗
映画好きの20代です
とくにB級を好んでみることがあります

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (3)
アニメ (20)
コメディ (30)
ホラー (56)
シリアス (36)
ドラマ (63)
アクション (16)
エロス (5)
ヴァイオレンス (16)
SF (18)
パニック (10)
ミステリー (6)
ナチス (2)
本 (35)
日常 (38)

ランキング

ランキングです

FC2Blog Ranking

ブログランキング・にほんブログ村へ

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。